2016/12/17

秋の味覚、大しゅーかく(みつな編) 弐

「ふん、ふんふんふ~~ん♪」

楽しげに鼻歌を口ずさみながら、次々とカゴへキノコを投げ込んでいくみつな。
やはり、かさねやとうかとは年季が違うのか、まったく迷うことなく食べられるキノコを選定していく。
まるで、ソレ専用に作られた機械のようだ。

「ふんふふ―――」
「…………っ……」
「…………あら?」

風に煽られた木々のざわめきの中、かすかに声らしき何かが耳に届く。

「動物……?」

この山に、大型の獣がいるなどとは聞いたことがない。
狼もこの辺りには生息していないため、可能性としては野良猫、あるいはウサギが良い所だろう。

「猪……だったら、猪鍋もいいわね」

みつなの中の、何かの血が騒いでいるのだろうか。
普段は誰も目にすることの無い、ワクワクした様子で静かにカゴを置く。

「っ…………っ、っ……」
「あっちね」

そして、脇差しよりもずっと小さいシャベルを握り直し、足音に気を遣いながら声のする方へ近づいていく。
一歩、二歩、三歩……五歩、十歩、二十歩。
まるで忍者のような足取りで、獣との距離を詰めると。

「んにゃ…………ん、にゃぁ~……」
「…………猫?」

そこに来て、ようやく気付く。
声の主は、聞いている方が寂しくなるような、とてもとてもか細い声で鳴いているようだ。

「怪我でもしたのかしら……」

仲間同士でケンカでもしたのかもしれない。
そうして、動けなくなった猫が周囲に助けを呼んでいるのでは……?
みつなの頭の中では、一瞬にしてそんな推測が組み立てられていた。

「にゃあぁ~~……」
「どうしましょう……」

それが自然の摂理とはいえ、もし手負いの猫なのであれば、助けてあげたい。
しかし、ソレがおいそれと出来ないことも、みつなは理解していた。
家猫であれば問題ないだろうが、野良の場合、自分を確認したら逃げだそうとするかもしれない。
動かずに鳴いていることを考えると、恐らく手足の怪我だ。
その状態で強い警戒心を与えてしまうと、ムリにでも走るだろう。
もしそれで、怪我を悪化させてしまったら。
もし、取り返しの付かない状態にしてしまったら。
……そう考えると、すぐ助けに行くのも気が引けてしまっていた。

「んにゃぁ……にゃああぁ~~……」
「う、ううぅ……」

しかしそのか細い鳴き声は、こうしている間にも、消え入りそうなほどに弱々しくなっている。
決断をするのであれば、早く決めなくてはいけない。
この鳴き声が途絶えてしまったら、それは恐らく命の炎も消えてしまったことになるだろう。
そんな最悪の事態を避けるためにも、みつなは猫の元へ行くか、いっそ聞かなかったことにでもするか、いずれにしろ次の行動を決める必要があるのだ。

「わ……わたくし、どうすれば……!」

いくらみつなでも、自然の動物を相手にして、これ以上間合いを詰めてしまったら存在を気取られてしまう。
そのせいで、姿を確認して怪我の度合いを確認することはできない。
そんな事実が、更にみつなの頭を悩ませていた。

「うううぅ……!!」
「んん………………ん、にゃ…………ぁ……」

鳴き疲れてしまったか、体力が尽きたか。
とうとう、声が消えそうになる。
もうこれ以上、悩むことはできない。
そう思った瞬間―――

「っ!!」

考えるよりも先に、みつなは声のする方へと走り出していた。
仮に人なつっこかったとしても、それが警戒心を与えてしまう行動だとわかっているのに。
そして、声の主の元へ勢いよく駆けつけたみつなが、焦った様子で声を掛ける。

「どうしたのっ!? どこが―――」

しかし、その様子を確認したみつなは。

「…………へ?」

実に素っ頓狂な声を、口から漏らしてしまうのだった。
2016/12/06

秋の味覚、大しゅーかく(みつな編) 壱

キノコ狩りの悲劇から数日後。
この日は、朝から宿の中がバタバタとしていた。

「かさねちゃん、お部屋はお掃除できた?」
「ま、まだちょっと掛かります」
「そう、わかったわ。とかちゃんは?」
「おしっこに行くって言ったっきり帰ってきませんっ」
「……後でお仕置きね」

―――訂正。
正確には、みつなとかさねだけが、忙しなく動いていた。

「片付けは終わったので、あとはゴミ捨てをしてから、掃いて雑巾がけをすれば終わるんですけど……もう時間ですよね?」
「お昼過ぎって言ってたから、まだもうちょっと大丈夫だと思うわ。かさねちゃんはソッチをよろしくね」
「わかりましたっ」
「あっ。あと、とかちゃんを見つけたら、10分くすぐりの刑に処すこと。いい?」
「は、はい……」

『くすぐりの刑』という名前自体は非常にバカバカしくて、ともすればほのぼのとした印象があるが、決して舐めてはいけない。
3分ほど続ければ、全力疾走した後のように呼吸が困難になる、非常に大変な運動なのだ。
しかもそれを、10分も。
みつなの静かな怒りを前に、かさねの背筋を冷たい汗が伝っていった。

「さて……それじゃ、お姉ちゃんはお夕飯の材料を用意してくるわ」
「あ、さっきトミさんが人参と長ネギ、あと白菜を置いていってくださって」
「あらあら、そうなの?」

トミさんとは、ウメさんと同じく、たまゆらの宿の割と近所に住む中年の女性だ。
よく、畑で取れすぎた作物を分けに来てくれるので、こういったことがこれまでも度々あった。

「……って、頂いておいてなんだけれど。この時期に白菜だなんて、珍しい取り合わせね?」
「はい、わたしも驚いたんですが……山向こうに妹さんが住んでるらしくて、そこでは今が旬みたいなんです」

山向こうの集落といえば、この辺りよりもずっと高地になっている関係上、距離としては遠くないのだが、ずいぶんと環境が違うらしい。

「あぁ、あそこは涼しいからね。けど、もう白菜が取れるなんて知らなかったわ」
「お勝手に置いておいたんですけど、使いますか? いらないなら、しまっちゃいますけど」
「ん~、そうねぇ…………あっ、いいわ。そのまま置いておいて」

人参、長ネギ、白菜。
それと、大根が少し残っているはずだ。
これらの組合わせにピンと来たみつなは、かさねに言付ける。

「今夜は4人になるんだし、鍋にしましょ」
「え、鍋……ですか?」

その言葉に、この間の惨劇がかさねの頭を過ぎる。

「だいじょーぶよ、今日はお姉ちゃんが用意するんだから」
「う……ご、ごめんなさい」

例の失態を思い出して、つい謝罪の言葉が口を出てしまう。

「ふふっ、アレはアレで一通り笑えたから許すけど。今夜ばかりはああなるわけにはいかないものね」
「はい……初対面であんなご飯出されたら、すぐ帰りたくなっちゃいます……」
「同感だわ」

喋りながら、出かける準備を整えたみつなは、玄関へ向けて歩き出す。
それを見送るため、かさねも一緒に向かう。

「あ、それでかさねちゃん。もしお姉ちゃんが出ている間に来られたら、お相手してあげてね」
「わ、わかりました……けど、わたしで大丈夫でしょうか?」
「くすっ、安心するといいわ。さくちゃんの手紙には、『頭がおかしいからかさねと仲良くなれるはず』って書いてあったし」
「えぇっ! ど、どういうことですか、それ……遠回しにわたしもおかしいって言ってませんか……?」
「ふふっ、そんなことないと思うわよ」

みつなのその言葉に、嘘はなかった。
なぜなら、とうかも間違いなくおかしい方に分類されるというのに、そんな彼女と仲良くできるかさねには、得体の知れない適性があると考えられるからだ。

「それじゃ、行ってくるわね。多分1~2時間で帰るわ」
「はい、わかりました。行ってらっしゃい、みつなさん」

そしてみつなは、かさねに手を振りながら宿を後にした。

「さぁて、と……」

玄関前に置きっ放しになっているカゴを手に取り、その中にシャベルがあることを確認すると、おもむろに背負って歩き出す。
それは、先日の2人が山へ向かうために辿った道と、そっくり同じだった。

「やっぱり、お姉ちゃんが仇をとらなきゃ……よねっ」

そんなみつなの瞳には、静かに燃え上がる炎が宿っていた。
2016/09/22

あさちゅん

「かさねちゃん、ここはもう良いから、とかちゃんを起こしてきてくれる?」
「あ、そうですね。わかりましたっ」

朝食の用意が調ったところで、みつながとうかの起床を依頼する。
とは言え、既にいつものことなので、かさねからも特に文句が出ることなく、居間からパタパタと出て行く。

***

「すー……すぅー……」
「とうかちゃん、朝ですよー」

スッと襖を開け、毎朝の恒例行事をしに来たかさねなのだが。

「ほら、もう朝ご飯もできてますから。起きてください」
「んん…………すぅー……」

こちらも恒例通り、まるで起きる気配がない。

「もぉ……相変わらず、気持ちよさそうに寝てるんだから」

とうかの側にしゃがみ込み、身体を揺するかさね。

「とーかちゃん、起きて。起きてくださいっ」
「ん~……やぁー……」
「起きないなら、朝ご飯抜きになっちゃいますよー?」
「あぅ……あかん~」

起きたのか寝言なのかわからないが、朝食がなくなるのはダメらしい。

「ふぅ……今日はどうしようかな」

毎日、手を変え品を変え、最終的には力尽くでとうかを起こしているかさねだが、今日の作戦はまだ立てていないらしい。
グズるとうかの枕元で、考え込んでいると。

「あふっ……ん、いけないいけない」

うっかりと、小さなあくびを漏らしてしまう。
どうやら昨晩、みつなに借りた本で夜更かしをした影響がジワジワと出始めているようだ。
目を覚まそうと、自分の両頬を叩くために腕を上げようとすると。

「……ん?」

クンッ、と右腕に不自然な重みを感じた。
ふと下を見ると、いつの間にかとうかが袖を掴んでいたようだ。

「もう、とうかちゃんてば……」

ため息を吐きつつ、ふりほどこうとして左手をとうかの腕に伸ばすと。

「ううぅ……」
「え? ちょ……え、えっ?」

不意にとうかが、グイッと手前に引っ張り出した。

「だ、だめですよ、お着物が傷んじゃいますっ」
「ん~、やぁー……!」
「わ……わ、わわわっ!」

想像を超える強い力で引っ張られたかさねは、体勢を崩してしまい、ボスン! と、とうかの寝る布団に倒れ込む。

「な……なにを?」
「うぅ…………すぅ、すぅ……」

やはり寝ぼけていただけなのか、とうかはまたすぐに寝息を立て始めてしまう。
しかし、とうかの手はガッチリとかさねの袖を掴んだままだ。

「……とうかちゃん、離してください。このままだとわたしが動けません」
「すぅ……すぅ……」
「はぁ……んもぉ。どうしよう、これ」

布団に寝っ転がされたまま、目の前で気持ちよさそうに寝息を立てるとうかを眺める。
しかし、かさねと同じく夜更かしでもしたのだろうか。
いつも以上に起きないとうかを見ている内、猛烈な眠気がかさねを襲い始める。

「んっ…………」

そして、まるで催眠術にでも掛かったかのように、かさねの目がスゥッと閉じてしまうのだった。

「…………えへへ、かさちーまくらぁー」

どんな夢を見ているのだろう。
更に、とうかが掛け布団の上で意識を失いかけているかさねを抱き寄せる。

「んん……とーか、ちゃ……」

数分の後、小さな寝息を立てる2人の姿がソコにはあった。

***

「今日は、珍しく手間取ってるみたいねぇ」

あとは食べるだけとなった朝食をそのままに、みつなは廊下を歩きながらフゥ、と息を吐く。

「朝のとかちゃん対策、何か考えるべきかしら?」

頭を悩ませながら歩いていると、とうかの部屋の襖が開きっぱなしになっていることに気付く。
それを見て、やはり手間取っているのだなと得心したみつなは、なんの遠慮もなく部屋へと足を踏み入れる。

「かさねちゃん、とかちゃんはまだ―――」

と、声を掛けた瞬間。

「…………え?」

密着するようにして抱き合う、2人の姿が目に飛び込んできた。

「えと……え、え? こ、これって……えっ?」

混乱しつつも、迅速に、そして音も立てずに部屋を出るみつな。

「ま、まさか、2人って……」

歩いて来た廊下を早足で戻りつつ、みつなは何やら変な方向へ考えが回っていく。

「……道理で、普段から仲が良いと思ったわ」

どうやら、かさね達が思いもよらない所へ着地したらしい。

***

「すぅ……ん…………んぇっ?」

パチ、と目を覚ますと、すぐ目の前にはとうかの顔が。

「あれ、ここ…………あっ! そ、そうだ、わたし、とうかちゃんを起こしにきて……いっけないっ! とうかちゃん、起きてください! ほら、早く! はーやーくっ!」
「ふひひ……なんやの、それぇ……そないなキノコ、あらへんて」
「寝ぼけてる場合じゃないですよっ! もぉ……ほら、起きてっ!」

結局、今日も力尽くになったようだ。

***

―――そして、みつながとうかの部屋を訪れてから、20分後。

「みつねぇ、おふぁよぉ~」
「す、すいません、遅くなっちゃって……」

寝癖も寝起きも全開のとうかに続き、バツが悪そうに居間へと入ってくるかさね。

「あ、あら2人ともっ。もういい……の?」
「……? は、はい。もう大丈夫です」
「うちはもうちょい、あのままが良かったんやけどなぁ……」
「あ、あのままっ……!?」
「もぉ、とうかちゃんは……いくら寝ぼけてたからって、あんなに力一杯されたらビックリしちゃいますよ」
「ちちち、ちからいっぱい……!!?」
「しゃーないやんかぁ。離したらあかんーって、思ってもーたんやもん」
「どうしてそうなるんですか……まぁ、その後、目を閉じちゃったわたしも悪いですけど」
「離したら……? め、目を、閉じ……!!?」
「? どうしたんですか、みつなさん?」
「あっ……な、ななな、なんでもない、なんでもないわよっ!?」
「みつねぇ、早く食べよー?」
「た、食べ!? お姉ちゃんまで、とかちゃんの毒牙に!!?」
「……うん? 朝ご飯、食べへんの?」
「あ、そ、そうね! ご飯、朝ご飯のことよね!?」
「えと……とうかちゃんを起こしに行っている間、何かあったんですか?」
「な、なんでもない、なんでもないわ! お姉ちゃんは、いつまでも2人を応援してるわよ!?」
「は、はぁ。ありがとうございます?」
「みつねぇ、なんの話をしてるん……?」

2人の頭の中にはいっぱいのハテナが飛び交い、そしてみつなの頭の中には一面の百合の花が咲き乱れながら、三者三様の朝食を済ませるのだった。
2016/08/21

秋の味覚、大しゅーかく 四(完)

「お、アソコやっ」

獣道を3分ほど、慎重に歩いたところで、とうかが声をあげる。

「……? えと、どこですか?」
「ほら、アソコやで。アソコ」
「うん~……?」

いつぞやの山登りの時とは逆に、かさねの目線をとうかが背中から誘導する。

「……あ、あの」
「ほらほら、わからんかー?」
「う…………」

無防備なとうかがグイグイと押し付けてくる2つの肉の感触を、背中に感じるかさね。
女同士だと言うのになぜだか照れくさくなってしまっていた。

「とうかちゃんって、いつもそうなんですか……?」
「ん、なにがー?」
「……いえ、なんでもありません」

聞くまでもなく、いつもこうなんだろう……と勝手に結論が出たかさねは、小さく息を吐く。

「ほら、アソコやー。ほら、ほらほらー」
「ちょ……とうかちゃん、押し付けすぎ……」

女だからいいものの、男性が相手だったら変なことになっちゃわないかなぁ……と、心配な気持ちでいっぱいになっていた。

「あ~……もう、アソコアソコって言われてもわかりませんからっ。案内してくださいっ」
「……おぉ、それもそーやな」

とうかが、かさねの肩を動かして、身体の向きを微調整する。

「ん~……よし。こうやな、こう」
「まっすぐ歩けばいいんですか?」
「うんうん、まっすぐや。それでイケるで」
「……いける?」

“見つかる”、ではなく? と、かさねは首をかしげる。
とは言え、とうかの言うことだ。変な言い回しをしても、不思議ではない。

「ま、いいか……」

気を取り直したかさねは、ザッ、ザッと草を踏みながら歩き出す。

「そうそう、まっすぐ! そのままやでー」
「はいはい、まっすぐですね」

とうかの声を背中で聞きながら、5歩、6歩、7歩……と、ゆっくり歩みを進める。
……そして、8歩目を踏み出した瞬間。
ザザッ!

「んんっ!?」

本来、地面があるはずの場所にソレはなく、地中へと左足が飲み込まれていく。
……いや、違う。これは───

「っ……!!」

ドン!!
色々な考えが頭を駆け巡った瞬間、左足が少し大きめに地面を叩いた。

「え? えっ……?」

いったい何があったのか。
急いで足元を見ると、かさねの足の周りには土が盛られており、穴……というか、微妙に低くなった場所へ左足がハマっていた。
その微妙さたるや、わずかにくるぶしが埋まるくらいだ。
明らかに人が掘ったばかりと思われるそれを前に、その正体を考えるかさね。
しかしその前に、犯人が楽しそうに声をあげる。

「やーい、引っかかった引っかかったー。落とし穴、だいせーこーや!」
「…………落とし、穴?」

もう一度、足元を見る。
これが、落とし穴? くるぶし埋まる程度の溝が?
そこまで考えた瞬間、今度はかさねが声を張る。

「な…………なんなんですか、これはああぁぁーーっっ!!!」
「うぇ、怒った!?」
「当たり前です! なにを考えているんですか、とうかちゃんはっ!」
「ご……ごめんな、かさちー。ほら、せっかく大きいシャベル持って来たんやし、何か役に立てなもったいない思て……け、怪我もしてないみたいやし、笑ってゆるしてや。なっ?」
「これが許せるわけありません! とうかちゃんはやる気あるんですかっ!?」
「あ、あるあるっ! その……キノコの生えてる場所ってのは嘘やってんけど、今すぐに───」
「違います! 落とし穴のほうですっ!」
「探して…………って、へ?」

すごい剣幕で怒鳴ったと思ったら、思いもしない怒りのぶつけられ方をされ、またもや混乱させられるとうか。

「こんな穴に何が落ちるっていうんですか!? せいぜいが昆虫くらいですよ! しかもフチもなだらかだから、簡単に抜け出せられます!」
「……お、おう?」
「落とせない落とし穴なんて、何の価値もありません! 落ちない洗剤で何をあらっても、それは無意味でしょう!?」
「せ、せやな……」
「わたしを落とす気があるなら、せめて身体のほとんどが入るくらいに深く掘るのが当然ですよ! 違いますか!?」
「おーてるかも……な?」

さっきよりも大量のハテナを頭に浮かべつつ、とうかはかさねの言葉に相槌を打つ。
とは言うものの、正直かさねの勢いにやられて、言っていることの7割は理解できていなかった。

「ほら、貸してください!」

とうかの持つ、雪かき用の巨大なシャベルを奪い取るかさね。

「えっと……」
「何してるんですか、とうかちゃんも手伝ってください!」
「え? で、でもうち、ソレしかシャベルあらへんのやけど……」
「いっかい戻って取ってくればいいでしょう?」
「……戻って?」
「ほら、早くするっ!!」
「りょ、りょーかーいっ!」

普段は見ることのないかさねの迫力に負けたとうかは、獣道を戻って急いでたまゆらの宿へと向かう。

「よーし、行きますよ……!!」

1人残ったかさねは、グッと腰を落としてシャベルを土に突き刺す。
……そうして数十分後、大きめのシャベルを片手に戻ってきたとうかと共に、広く深く穴を掘り続けるのだった。

***

「ふぅ……こんなものですね」
「えーかんじの力作になったなー」

カラスや、そろそろ季節外れになりつつあるヒグラシの声が聞こえ始めたころ、2人はようやく穴を掘る手を止めた。

「そして最後に、この集めておいた草を被せて……」
「おおぉ……すごいやん! どっからどう見ても、ココに落とし穴があるなんてわからへん!」
「でしょう? わかりましたか、これが落とし穴です。もし誰かが落ちたら、びっくりしてしまってしばらく声も出せないことでしょう」
「せやな、わかるわー……かさちーの顔が出るのがやっとこって深さやもんなぁ」

お互いに、うんうんとうなずきながら、やりきった感慨にふける。

「さて……それじゃあ、遅くなるとみつなさんが心配してしまいますし。そろそろ帰りましょうか?」
「お、そか。もう夕方やもんなー」

どうやら2人は、時間も忘れるほどに熱中してしまっていたらしい。

「あの。ところで、何か忘れている気がするんですが……なんでしたっけ?」
「うん? 別に忘れ物はあらへんけど?」
「そうですよね? ん~~……まぁ、そのうち思い出すでしょう。とりあえず、降りましょうか」

そして、2人仲良く獣道を抜け、見慣れた農道に出る。
かさねが背中のカゴの存在を思い出すのは、宿に到着してからのことだった。
……ちなみに、この日の夕食は、主役のいない野菜鍋になったのは言うまでもない。
(了)
2016/08/14

秋の味覚、大しゅーかく 参

―――そして、約30分後。

「これ、食べられるかな……?」

集合場所に立つかさねのカゴには、誰もが見慣れたいくつかのキノコと、見慣れたような見慣れていないような妖しいキノコが入っていた。

「ま、まぁ、とうかちゃんかみつなさんが選り分けてくれるだろうし、大丈夫……だよ、ね?」

カゴを覗き見ながら、かさねは自分を励ますように言葉を漏らす。

「それにしても……」

顔をあげ、とうかが消えたあたりの方向へ視線を向けるかさね。
約束した時間は過ぎたはずなのだが、誰も来る気配はない。

「飽きて帰った、とか……? う、ううん。さすがにそれはないか」

そうは言っても、とうかのことだ。飽きるよりも前に、かさねと来ていたことを忘れて1人で帰っていたとしても不思議ではない。

「っ…………」

夕食の時間、キノコ鍋を前に『かさちー、どこ行ったんやろー?』と本気で呟いているとうかを想像した途端、猛烈な不安に襲われる。
いくらなんでも、ありえない。しかし、ないとは言い切れない。

「……と、とと、と、とーかちゃーんっ!」

いくらしっかりしていると言っても、まだまだ子供だ。
そんな気持ちに押しつぶされそうになったかさねは、半泣きで走り出した。

***

───更に、3分後。

「…………どないしたん、かさちー?」
「う……な、なん、でも……んぐっ、ない、ですっ……」

とうかを見つけたかさねは、その瞬間、不安を感じていた自分が唐突に恥ずかしくなったらしく。
軽く溢れていた涙やら、ちょっと声を張り上げてしまった事実やら、自然と溢れそうになる笑顔やらを必死にごまかすべく、とうかでさえも訝しむほどに妙な感じになっていた。
……つまり、わかりやすく言うならば、混乱しているのだ。それも、この上なく。

「うん~…………?」
「あ、あんまり見ないでくださいっ!」
「お、おー……」

かさねに負けず劣らず、頭にいっぱいのハテナを浮かべながらも、これ以上なにか聞くのがはばかられたとうかは、黙っておくことにする。

「…………ずずっ、んっ」
「……鼻かめるモンなくて、ごめんな?」
「だから、なんでもないですっ……」
「そ、そか」

なんでもない子がこんなに鼻水垂らしているとしたら、それはおそらくなんでもないわけではなかったか、ヒドい風邪を引いているかの二択だろう。
いや、後者だったとしてもそれは既になんでもないわけではなかったと言えるから、ようは一択だ。

「トラに襲われたん?」
「ぐすっ……だから、いませんっ……ずずっ」
「律儀やな……」

こんな状態でもボケにツッコミを返してくるあたり、もしかしたらかさねは生粋の芸人気質なのかもしれない……とか、くだらないことをとうかは考えていた。

「こりゃ、うちもうかうかしてられへんな」

いったい、何への対抗心なのかよくわからないことになっていたが、とうかにメラメラとやる気が漲っていた。明後日の方向に。

「……あの、とうかちゃん?」
「ん、なにー?」

ようやく落ち着きを取り戻してきたらしいかさねが、何やら考え込んでいるとうかへ声をかける。

「さっきから気になってたんですが……とうかちゃんのカゴ、空っぽじゃありません?」
「む、気づかれてしもーたか」
「気づくもなにも、片手でブンブン振り回していれば、イヤでも気づきますよ……」
「ふっふっふ。コレはなー……と、あかんあかん。な、なんでもあらへんよー、あはは」
「……? はぁ、そうですか」
「それよりな。さっき、キノコがぎょーさん生えてるトコロ見つけたんよ。一緒に行かへん?」
「え、ホントですか?」
「おー、モチや。どないする?」
「当然、行きますっ」
「よっしゃー」

目をキラキラとさせながら、かさねは逆方向へと歩き出したとうかの後を追う。
その言葉に含まれる、小さな矛盾にも気づかないまま。

「くふふふ……」

そして、前を歩くとうかの顔には、まったく似合わない邪悪な笑みが浮かんでいるのだった。
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